奇跡のファン翻訳『MOTHER3』 。 その舞台裏に迫る!

日本国内でしか発売されないタイトル。それはかつて、欧米のゲーマーにとって神秘そのものであった。8090年代、そういったゲームは、ゲーム系出版物に掲載される粗い画像を通してしか、欧米のゲーマーの記憶に残ることはできなかったのだ。だが、現在は違う。ゲームをする家庭の半ば必須ツールと言ってもいい、パソコンや検索エンジンの恩恵により、例え日本でしか発売されないタイトルであっても、最初から最後まで動画で見ることが可能となったのだ。

そのように、日本と欧米の垣根が取り払われつつある現在において、『MOTHER3』のような名作がローカライズされないというのは、非常に特殊であると言える。心苦しいほど特殊なケースなのだ。『MOTHER』シリーズの2作目であり、同シリーズの中で海外進出を果たした唯一の作品である『EarthBound』(日本では『MOTHER2』)は、当初、任天堂の十分なプッシュがあったにもかかわらず、ほとんど話題に上らず、認知もされないまま消えていくように思われた。だが、時が経つに連れ、『EarthBound』と『MOTHER』シリーズは、熱狂的なファン層の深い愛情によって支えられる類まれなタイトルへと進化を遂げていったのだ。「献身性」という点においては、『MOTHER』シリーズのファンは間違いなく、他のゲームやゲームシリーズのファンの追随を許さないだろう。しかし、彼らの情熱や署名活動もむなしく、シリーズ3作目となる『MOTHER3』は、欧米諸国のゲームショップで輝きを放つチャンスを与えられなかった。

その状況を打破したのが、『MOTHER3』のファンコミュニティーで“Tomato”の名で知られる人物、Clyde Mandelin (クライド・マンデリン)氏だ。厳密には「非公式」であるものの、Mandelin氏は『MOTHER3』を自らの手で英語化することを決め、ゲーム史上最大の称賛・感謝を受ける翻訳を成し遂げたのだ。

以下のインタビューでは、Mandelin氏が『MOTHER3』のローカライズを通して学んだこと、翻訳とローカライズに対する氏の哲学、ファン翻訳を進めるための技術の詳細、Mandelin氏と『MOTHER』シリーズのつながり、また、「日本語から英語へのローカライズは、折れたクレヨンでモナリザを複製することに似ている」との氏の考えについて語ってもらった。

AGM:あなたは、『MOTHER3』の翻訳パッチを制作したことにより、多くのゲーム系コミュニティーから絶大な注目を浴びました。本日は、その『MOTHER3』のローカライズについて伺いたいのですが、まず最初に、『MOTHER3』のパッチ制作以前の翻訳/ローカライズに関わる経歴を、簡単に説明していただけないでしょうか? これまで、どのようなプロジェクトに、どの程度携わってきましたか?

Mandelin 氏:MOTHER3』以前にも、多くのタイトルの非公式翻訳に取り組んできた経験があります。コンソール用のRPGが多かったのですが、それぞれに固有の問題や難点がありました。有名どころでは、『スターオーシャン』、『バハムート ラグーン』、『ライブ・ア・ライブ』などの16ビットゲームがありました。それらの翻訳作業の多くは、大学時代、本業の片手間にやっていたのですが、純粋にそれらのゲームが好きだという気持ちや、翻訳の実務経験を積みたいという気持ちが私のモチベーションになっていました。また、大学で数年間、コンピューター科学を学んでいたのですが、その知識が役立った場面が今までに何度もありました。

大学を出た後は、その経験を生かして翻訳を生業にすることができました。主な仕事は日本のアニメの翻訳でしたが、ゲームの翻訳をすることも時々ありました。『ドラゴンボール』、『ONE PIECE』、『天地無用!』、『クレヨンしんちゃん』など、人気シリーズの翻訳に携わることができたのは、非常に幸運かつ名誉なことだと思っています。当然ながら、各作品にはそれぞれ特有の難問がいくつもありましたが、一つ一つのプロジェクトを終えるごとに、翻訳者として「レベルアップした」という実感を得られました。現在、私がしている仕事は、初期の自分には決してできなかったことだと思っています。これまで携わってきたプロジェクトは、どれも骨の折れるものであると同時に、非常に満足度の高いものでした。

AGM:『MOTHER3』を高い品質でローカライズすることができたのは、過去の経験からどのような能力を培ったからであるとお考えですか?

Mandelin 氏:RPGのファン翻訳は、長大かつ複雑なプロセスになることが多いのですが、そういった翻訳に携わってきた経験が『MOTHER3』の翻訳に役立ったことは言うまでもありません。翻訳、プログラミングの両面に関して、何をする必要があるのか、どんな方法が適切でどんな方法が不適切であるのかということを、これまでの経験から学び取ることができました。ゲームの見栄えの部分に関しても、プログラミング作業の多くを自分の手でこなすことができたため、とことんこだわって仕上げることができました。

また、公式のローカライズ業務を通して、複数のプロジェクト、あるいは1つのプロジェクトの複数の要素を並行して進める能力を身に付けました。『MOTHER3』のプロジェクトでもそれが大いに役立ち、翻訳、プログラミング、ローカライズの3要素を、常にうまく調整しながら進めていくことができました。更に、私が携わってきた公式プロジェクトの大部分を占める字幕翻訳では、多くの意味や情報をできる限り少ない文字数にまとめる能力が必要とされますが、これは、糸井重里氏の文章の特徴とも共通しています。

しかし何より重要なのは、ファン翻訳と公式翻訳の両方を通して、チーム作業を効率良くまとめていく能力が身に付いたということです。インターネットを介して行う場合、チーム作業は非常に困難となるケースも多いです。『MOTHER3』の翻訳プロジェクトの成功は、優れたチームワークと、『MOTHER』シリーズに対する愛情の賜物であると思っています。

また、『MOTHER3』を翻訳する以前に、『MOTHER』シリーズに対して深く関わってきたことも功を奏したと思います。 Starmen.Net(『MOTHER』シリーズの大手ファンサイト)の立ち上げをサポートし、『MOTHER3』に関連するニュース記事を何年も翻訳したり、『MOTHER』シリーズの日本語版を徹底的にプレイし、英語版との詳細な比較検証なども行いました。更に、『MOTHER3』が NINTENDO64で発売中止となる遥か前から、ゲームボーイアドバンスで発売されるまでの、全ての段階における糸井氏のインタビュー記事を翻訳してきました。これらの経験から得た、『MOTHER』シリーズに対する深い理解があったからこそ、英語版『MOTHER3』の翻訳に、より一層の活気を与えることができたのです。

AGM:ゲームやゲーム系メディアの他には、これまでどのような素材を翻訳してきましたか? ゲームとは異なるコンテンツを翻訳することで、ゲーム翻訳に生かせる能力やゲーム翻訳へのアプローチ方法を改善させるような何かを獲得することはできましたか? ゲームやゲーム系メディアの翻訳者/ローカライザーがその技術を向上させるためには、どういった類の経験を積む必要があるとお考えでしょうか?

Mandelin 氏:前述の通り、私が携わってきた公式プロジェクトの多くは、日本のアニメや映画のスクリプトを翻訳し、字幕を作成する仕事でした。字幕には、字幕を画面に表示できる時間や使用可能な文字数といった、独自の制限があります。一方ゲームには、メモリ使用量やプログラミングの限界といった、異なる制限があります。また、字幕とゲームで共通する制限もあり、例えば、字幕のテキストとゲームのテキストはともに、表示できるスペースに限りがあります。そのように、多岐にわたる制限の下で翻訳をしてきたことで、翻訳者としての柔軟性を高め、新たな制限にぶつかっても容易に対応することができるようになりました。

優れたゲーム翻訳者となるためには、基本となる翻訳能力はもちろんのこと、ターゲット言語の高いライティング能力、原作に対する深い敬意と理解、プレイヤーに対する敬意、高い創造力、完璧主義であること、そして何より、忍耐力が求められてくると思います。これらの能力の大部分は、経験や成長を積むことで徐々に身に付いてきます。

ローカライザーに求められる能力も概ね同様ですが、ターゲット言語のライティング能力に関しては、翻訳者よりも高いものが必要になってくるでしょう。また、ローカライザーには、極めて高いリーディング能力も求められます。自分の訳文を入念に読み込むことができないと、無意識のうちに原文の重要な部分やニュアンスを隠したり、変えてしまったりする可能性があるからです。

1 人のスタッフが翻訳者とローカライザーを兼任するケースもあります。そのような兼任者には上記全ての能力が必要になってきますが、それに加え、直訳を乗り越える「勇気」も求められてきます。これは、他愛もないことのように聞こえるかもしれませんが、実践するとなると非常に難しいことです。翻訳者の役割が「テキストを再現すること」であるのに対し、ローカライザーの役割は「テキストに変更を施すこと」です。その両者を同時にうまくやってのけることができれば、業界屈指のゲーム翻訳を実現することも可能です。

意欲の高い翻訳者には、あらゆる種類のメディアを翻訳することをお勧めします。つまり、書籍、コミック、映画、ゲーム、ラジオ番組、テレビ番組、記事、インタビュー記事など、可能な限り多様なメディアの翻訳を経験することです。また、機会があればローカライズも経験してみると良いでしょう。訳文を直訳調から脱却させ、訳文に命を吹き込むことを意識すべきです。それができれば、成功は保証されます!

AGM:公式プロジェクトとは異なり、『MOTHER3』のローカライズはプライベートの時間を割いてボランティア活動のような形で行ったわけですが、『MOTHER3』のローカライズと公式のローカライズはどのような違いがありましたか? このような規模のプロジェクトを自らの手で回していくために、どのような戦略を打ち立てましたか?

Mandelin 氏:公式プロジェクトとの最大の違いは、締め切りに縛られることがなかったという点です。そのおかげで、翻訳とローカライズにより多くの時間を費やすことができ、また、多少なりとも自分のペースでプロジェクトを進めることができました。当然、ファンの期待に応えるため迅速なペースで進めはしましたが、それでも公式プロジェクトと比べると自由度は遥かに高かったです。

また、そのような環境下では、融通を効かせてローカライズを進めることができます。その最たる例が、固有名詞や用語です。公式プロジェクトでは、一つ一つの固有名詞や用語に対して、複数の会社や大勢の関係者から許諾を受けなければならないケースも多いです。プロジェクト開始時に固有名詞や用語のリストをもらえるケースもありますが、いずれの場合においても、固有名詞に関するミスや問題は必ずと言っていいほど見つかり、それらを調整するのに頭を悩ませた挙句、結局、調整ができないというケースも多いです。『MOTHER3』のプロジェクトでは、そういったお役所仕事的な問題に直面することはありませんでした。

今回のプロジェクトでは、特に、作業をスピーディーに進めテキストの質を向上させるために、ファン翻訳と公式翻訳のノウハウを併用しました。1つ例を挙げると、パートナーのジェフが作成してくれたテキスト編集ツールがあります。公式のゲーム翻訳では、エクセルファイルを使用することが一般的なのですが、その編集ツールはエクセルよりも遥かに便利です。ゲーム内の異なる場所で使われるテキスト間を簡単に行き来することができたり、数回クリックするだけで複数のテキストに同時に変更を加えることができたり、自分の進捗状況を追跡することができたり、各テキストをゲーム中でリアルタイムに見ることなどができるのです!

素晴らしいことに、私が新しい機能を追加してほしいと頼むと、ジェフはすぐにその機能を実装してくれたのです。実に優れたツール、優れたチームワークで作業を進めることができました。全てを内部でこなすことができる一流の翻訳チームのようであったと言っても過言ではありません。

そういった有用なツール、人材がなければ、『MOTHER3』のローカライズにはより長大な時間を費やすことになっていたでしょう。エクセルファイル中の全てのテキストを翻訳することを考えると、いつもはうんざりしてくるものですが、今回は、「これらのテキストは糸井重里氏が考え出したものなんだ」と考え、楽しんで翻訳をすることができました。

AGM:『MOTHER3』のファン翻訳サイトによると、現在、7言語(スペイン語とポルトガル語を2つに分ける場合は9言語)への翻訳が様々な進度で進められているようですね。あなたは、各言語への翻訳にどのような形で関わってきたのですか? それぞれの翻訳者と連絡を取り合い、共同で作業を進められているのでしょうか? あなたは「プロジェクトマネージャー」のような立場に就かれているのですか? 他言語の翻訳者は、原文の日本語テキストから翻訳をしているのですか? それとも、あなたの英語テキストから翻訳をしているチームもあるのですか?

Mandelin 氏:驚くことに、『MOTHER』シリーズのファンは世界中に存在します。そのため、使用ツールやファイルは、複数言語への翻訳を念頭に置いて設計しました。ある日、そのことをプロジェクトサイトで告知したところ、何十人もの人が、『MOTHER3』を母語にローカライズしたいと切望していることが分かったのです。

他言語への翻訳を本格的にまとめ始めたのは、英語版をリリースした後です。その方が作業を進めやすくなりますし、また、他言語の翻訳者たちに、ゲームをやり込んで『MOTHER3』の全てを理解する時間を与えることもできました。その後、各言語チームのプロジェクトマネージャーを指名し、必要なツールとファイルを渡して彼ら独自でローカライズを進められるようにしました。疑問や問題が生じた際はジェフと私が協力することもありましたが、基本的には、各翻訳チームが独力でローカライズを成し遂げました。

翻訳チームの中には、英語スクリプトからの翻訳、つまり翻訳の翻訳という形を採ったチームもあります。この場合は特に慎重さが求められるため、私が日本語から英語に翻訳をする際、スクリプトの中に他言語の翻訳者のための注釈を多く残しておきました。また、彼らからスクリプトに関する質問を受け、それに答えることも時々ありました。そういった対応をすることで、少なからず、翻訳の質を高めることができるのです。最初は日本語スクリプトから直接翻訳したいと申し出てきたにもかかわらず、途中で英語から翻訳することに変更したチームもありました。理由は不明ですが。

AGM:『MOTHER』シリーズの文章スタイルは非常に独特で、他の和製RPGや一般的なゲームと比べても、ひときわ異彩を放っています。そして、それこそが同シリーズの魅力であり、ユーザーに訴求していく上で不可欠な要素です。ゲームにおける文章というものについて、あなた自身どのようにお考えですか? また、『MOTHER3』の文章をどのように捉え、認識していますか?

Mandelin 氏:ゲームやその他のエンターテインメント作品の文章は、ほとんどが月並みなものであると思っています。私自身ライターではないので、批判できる立場にはいません。が、ゲームのテキストは、機能的(無機質)なものが多いと常々感じています。例えば、RPGの村人にありがちな、「ここは○○の村です」といったセリフ。それ以外にも、「ここにキャラクターを配置したから何か言わせなきゃ」という、開発者の心情が見え隠れするような、埋め合わせのためのテキストも多く存在します。ゲームで「本物の」文章を目にすることは、滅多にありません。

具体的に説明しろと言われると難しいのですが、例えば、ゲームで使われるボイスなどの演技力を考えてみてください。一般的に、ゲームのボイスはお世辞にも質が高いとは言えず、もし映画や舞台で同レベルの演技を披露したら、確実に笑いものになるでしょう。これは、ゲームの文章にも言えることです。しかし、テキスト量の多いゲームでもない限り、そのことが意識されたり問題視されたりすることはありません。例えば、アクションゲームでは文章力の高さなど問われないでしょう。

MOTHER3』では、そういった、機能的なセリフや埋め合わせのためのセリフはほとんど見られません。町のNPCなども含め、ほとんどのキャラクターが独自の物語を持ち、ゲームの進行とともにセリフが変わるなど、変化に富んでいます。名前や口調はもちろん、セリフが表示される際の「ピピッ」という効果音に至るまで、キャラクターごとに異なります。

機能的なテキストが必要となる場面ですら、糸井氏は独特なアプローチ方法で対応しています。例えば、ゲーム終盤で、特定のエリアに移動することができなくなる場面があります。ここで糸井氏は、道を塞ぐようにしてNPCの集団を配置し、「かくかくしかじか…」や「あらあら」など、意図的に無駄なセリフを喋らせているのです。こうすることで、「ここから先へは進めません」といったテキストを使わずとも、プレイヤーと心を通わせる(プレイヤーに意図を明確に伝える)ことができます。

しかし何より重要なのは、このゲームの文章には臨場感が溢れているという点です。まるで、糸井氏が一つ一つのセリフを実際に声に出して読み、満足いくまで磨き上げたかのようであり、また、それが、『MOTHER』シリーズの文章が主に仮名文字のみで書かれている所以でもあります。他の制作者は苦労したかもしれませんが、糸井氏は、一度決定したテキストであっても、後から見て満足できなかった場合は迷わずにどんどん変更していきました。キャラクターに何を喋らせるか、どのように喋らせるかということに対して、神経質なまでのこだわりを持っていたようです。しかし、そういったこだわりがあったからこそ、極めて洗練されたテキストが誕生したのです。

AGM:先ほどの質問(上記の質問)をしようと思ったのは、翻訳には、翻訳能力のみならずライティング能力が必要になると考えているからです。あなたがゲームの文章に対して抱いている印象が、『MOTHER3』のローカライズへのアプローチ方法に影響を与えたことと思われます。そういった意識はありましたか? また、それは重要な要素であったとお考えですか? もしそうなら、なぜそれが重要だったのでしょう?

Mandelin 氏:糸井氏は創造力のあるライターとして有名ですが、私は全くライターではありません。そのため『MOTHER3』の翻訳でも、まずは他のプロジェクトと同様に初稿を書き上げました。それから数ヶ月間は、翻訳を離れて再プログラミングに従事し、その後、新鮮な目を持って翻訳作業に戻りました。すると驚いたことに、ほとんどの部分で、糸井氏の文章が依然として輝きを放っていたのです。テキストの「内容」はいまだ健在で、原文と同様に魅力的でした。失われているのは、テキストの「スタイル」のみでした。

そこで私は、『MOTHER』シリーズや『MOTHER2』のローカライズに関する深い知識を生かし、スクリプトの第二稿を作成しました。そして、スクリプトを磨き、原文のスタイルに近づけることができました。

その後、第三稿の計画を立てました。第三稿では、より優れたライターを加え、私の文章に味付けをしてもらう予定でしたが、スケジュールとの兼ね合いの問題もあり、結局、一部の重要なセリフのみを手直ししてもらうことになりました。しかし最終的には、これらの方法や見栄えの改善を行ったおかげで、『MOTHER2』の公式翻訳に近い雰囲気のスクリプトに仕上げられたと思っています。

AGM:『MOTHER3』のプロジェクトの中で、公式プロジェクトとは異なるやり方でローカライズをしようと、実作業に取り掛かる前から決めていた部分はありますか? 当然ながら、締め切りや給与といったものは存在しませんが、ローカライズプロセスの中で、「自分はこのやり方でやる。それが作品の完成度を上げることにもつながるはずだ。これだけ恵まれた環境であれば不可能ではない」などとご自身に言い聞かせて取り掛かった要素はありますか?

Mandelin 氏:はい、思い浮かぶものの中で最も分かりやすい例は、固有名詞のネーミングです。『MOTHER2』の公式翻訳では、間違ってローマ字化されたものの、英語版が発売されてから10年経つまで誰も気づかなかった名称がいくつかあるのです。それらを翻訳する際、「ファンが慣れ親しんでいる名称を踏襲すべきか、元の開発者が意図した名称に修正すべきか?」と頭を悩ませました。

これが公式プロジェクトであれば、おそらく別の選択をしたかもしれませんが、『MOTHER3』のプロジェクトでは、「よし! このやり方でいこう!」と、自分自身で決断することができたのです。また、新規の固有名詞をローカライズするべきか否かという問題も浮上してきましたが、そういった際にも、「とにかくやってみよう!」と判断を下すことができたのは、私にとって素晴らしいことでした。

基本的に、「これを試してみるべきかどうか?」という迷いが生じても、できると信じて試してみることができました。日本語版にはない多くの追加要素を実装することができたのも、そういった環境があったからでした。

AGM:『MOTHER/EarthBound』シリーズには、「熱狂的」という言葉すら生ぬるいほど、深い愛情を持ったファンが大勢います。普通、公式のローカライズは、匿名性という厚いベールの下で(プレイヤーからは見えない場所で)行われますが、今回の『MOTHER3』のローカライズはその点で異なります。公式プロジェクトとは違った意味でプレッシャーを感じることはありましたか? もし感じたのであれば、そのプレッシャーをどのように耐え抜きましたか? 一方、知名度が低いプロジェクトや水面下で行われるプロジェクトでは、どういった類のプレッシャーが生じますか? もしあれば、お話しください。

Mandelin 氏:非公式の翻訳に関しては、匿名性というベール――つまり、不透明さ――はほとんどないと思っています。多くのプロジェクトは、主に掲示板やブログなどで情報を公開し、包み隠さずオープンな状態で進められます。『MOTHER3』のような人気ゲームの場合は、独自のプロジェクトサイトが立ち上がることも多いです。ここまで大規模で、ローカライズ開発の内部を事細かに公開しながら進めたプロジェクトは、私にとって『MOTHER3』が初めてです。今回のプロジェクトを通して実感したのは、定期アップデートに対するファンの大きな期待があると、自分もより多くの力を注ぐようになるということです。定期的に大規模なアップデートをしなければならないという、大きなプレッシャーがありました。思い返せばそれが、プロジェクトの成功につながった最大の要因かもしれません。

スポットライトの陰で人気の低いプロジェクトに取り組む場合、プレッシャーはほとんどありません。好きなだけ時間をかけることができ、また、最終的にリリースを断念することも可能です。しかし、長い間放置してきたプロジェクトがどんどん積み上がっていき、別の意味でプレッシャーとなることもありますが。

AGM:今回の『MOTHER3』のローカライズは、質という点においても、あなたが携わってきたプロジェクトの中で最も満足度が高いですか? そうでなければ、これまでで最も満足度の高かったプロジェクトは何ですか? 質の高い翻訳/ローカライズができたかどうかは、どういった要素から判断しますか?

Mandelin 氏:私が最も誇りに思っているのは『MOTHER3』のローカライズですが、それはおそらく、最近のプロジェクトの中で最も大規模なものであったからに過ぎないと思います。もちろん、初期に携わったプロジェクトも満足のいくものではありましたが、当時は現在ほど高い能力を持っていませんでした。それに、『MOTHER3』のローカライズと再プログラムには、過去のプロジェクトと比べ、より膨大な時間を費やしました。

ただ、最終結果に対する私の満足度は、おそらく70%ほどです。文章には改善の余地が多く残されていますし、再プログラミングに関しても、未修正の問題がいくつも残されています。しかしどんなプロジェクトにおいても、文章やプログラミングに対して100%満足することは限りなく不可能に近いです。それらに関しては必ずどこかで妥協しなければならないわけで、その妥協点を見極めることも重要です。

最終的には、プレイヤーの反応が最も重要になってきます。プレイヤーはテキストを気に入ってくれただろうか? 不自然なテキストのせいでプレイヤーがゲームに没頭できない、ということはないだろうか? 元の言語が透けて見えるような翻訳調の英語になっていないだろうか? 元のテキストの意図を正しく伝えられているだろうか、など、ローカライズの質を判断するためには、こういった要素が重要です。

AGM:翻訳/ローカライズは、芸術、能力、技術のどれに当てはまると思いますか? 翻訳/ローカライズをどう捉え、どのように定義していますか? また、その理由をお聞かせください。

Mandelin氏:非常に難しい質問です。個人的な意見としては、翻訳は職人芸や能力に含まれ、ローカライズは芸術に含まれると思います。

1 つの文章を訳している際、原文は1つの「絵」であるように感じられます。その絵は、原文を読み進めるうちに、頭の中で徐々に出来上がっていくのです。その文章の最も重要な部分――事実、名詞、文の核心など――は、絵の中の強調部分となります。キャラの口調や細かいニュアンスといった要素は、絵の中では、作家のセンスということになります。また、言葉で簡単に言い表すことのできない、感情や思想という名の層も、おそらく存在するはずです。それら全ての要素が融合し、1つの文章が、詳細かつ洗練された、絵画のような性質を帯びるのです。

その観点で言うと、翻訳という行為は、元の作家とは異なる道具を使って、それらの絵画をできるだけ忠実に再現しようとすることだと思います。ソース言語とターゲット言語の言語構造が近い場合は、「筆」が似ているということであり、原文をより忠実に再現することができます。言語構造が大きく異なる場合は、全く違う道具を使って絵画を再現することになります。言い換えると、スペイン語から英語への翻訳は、『モナ・リザ』を水彩絵の具で再現するようなものであり、その一方、日本語から英語への翻訳は、『モナ・リザ』をクレヨンで再現しようとするようなものなのです。しかし道具の違いと同様に、翻訳者(複製画家)の技術も重要になってきます。それが、翻訳は技術であり必ずしも芸術ではない、と私が考えている所以です。

それに対してローカライズは、何か新しいものを生み出す創造力を必要とします。そのため、折れたクレヨンで『モナ・リザ』を描かかなければならないような状況に陥っても、創造力を生かして本来よりも良い結果を残すことが可能です。新しいものを生み出すという行為を含んでいる点で、ローカライズは芸術に近いと思っているのです。

AGM:『MOTHER3』や『MOTHER』シリーズに対するあなたの思い入れについて、少々お聞かせください。おそらく独特で深い思い入れがあり、その思い入れが今回のプロジェクトの重要な背景になっているのではないかと思っています。

Mandelin 氏:私は、95年に発売された『EarthBound』を買って遊び、非常に気に入りました。その数年後、仲間と協力して EarthBound.Net(現在はStarmen.Net)を立ち上げました。私はそのサイトで、ニュース記事やインタビュー記事の翻訳から『MOTHER』シリーズの再プログラミングに至るまで、あらゆる活動に従事してきました。そういった活動を通して『MOTHER』シリーズの知識が自然と深まりました。また、ファン翻訳に関しても。これまで複数のプロジェクトに携わってきました。そういった背景があるため、今回のプロジェクトは私にとって打ってつけのものであったと思っています。

AGM:『MOTHER3』のローカライズ/翻訳の技術的な面に関しても、少しお話しいただいてもよろしいでしょうか? どのようなツール、ソフトウェア、リソースを使用しましたか? どういったプロセスで、翻訳、テキストの組み込み、テキストのデバッグといった作業を進めていきましたか? テキスト以外にも変更を施した部分はありますか? また、どういった分野で苦戦を強いられましたか?

Mandelin 氏:テキストの編集ツール、変換ツール、挿入ツール、音声編集ツール…など、ほぼ全てのツールを自分たちの手でゼロから作りました。メンバーの1人が THUMBアセンブラまで作成してくれたおかげで、プロジェクトが取りまとめやすくなり、スピーディーに進めることができました!

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基本的には、以下のようなプロセスでプロジェクトを進めました:

私たちのテキスト編集ツールにはリアルタイムプレビュー機能があるため、テキストの書式設定にかける時間を多く節約することができました。ゲーム中でテキストを確認したいと思ったら、挿入ツールを起動してゲームを始めればいいだけです。幸いなことに、オリジナル版のプログラマーが「デバッグルーム」を作成していたため、ゲーム中のどの地点にも瞬時に移動することができました。デバッグルームには大変お世話になりました。

テキスト以外では、グラフィックに変更を加えた部分があります。グラフィックテキストの変更の中には、『MOTHER2』が『EarthBound』にローカライズされた際の変更をそのまま踏襲したものもあります。例えば、『MOTHER2』で「MONOTOLY」と書かれたビルがあるのですが、『EarthBound』では、この文字は「MONOTOLI」と変更されていました。『MOTHER3』でもこのビルが出てくる場面があったので、同様に「MONOTOLI」と変更しました。

また、短い日本語音声2つを英語に変えたり、未使用のコードを使用したり、ちょっとしたオマケ要素を加えたりといった変更を施しました。

最も難易度の高かった作業は、再プログラミング以外に考えられません。これは早い段階で明らかになったのですが、ブラウニーブラウン(日本語版の開発元)のプログラミングはローカライズを考慮したものではなかったのです。また、ゲーム中の全てのシステムは、当然ながら、私たち以外のプログラマーによって作成されたものです。私たちはローカライズのどの段階においても、メモリや画面中のスペースを確保することに悪戦苦闘しつつ、公式のローカライズに少しでも近づけるよう努力しました。

AGM:現在よりも多くの国で多くのプレイヤーが、オリジナル版により近い形で海外ゲームを遊べるようになるためには、ローカライズがどのように進化していくべきであるとお考えですか?

Mandelin 氏:公式のローカライズについて言えば、開発者が初期の段階からローカライズを念頭に置いて開発を進めることが最も重要であると考えています。例えば、十分なメモリを用意したり、画面中のスペースをもっと有効活用できるようにしたり、といったことです。翻訳に関しては、オリジナル版のライターや開発者が注釈を多く残してくれると、非常に助かります。

非公式のローカライズについて言えば、オリジナル版の開発会社にファン翻訳を念頭に置いた設計を望むことは、さすがに無理があります。それどころか、デジタル著作権管理などの保護機構により、非公式のローカライズはますます難しくなっていく可能性もあります。

AGM:では、最後の質問です。『MOTHER3』の英語化パッチをリリースする上で、世界中にいる多くのプレイヤーと直接コミュニケーションを取ることができたのではないかと思います。通常のローカライズでは、そのようにプレイヤーと密にコミュニケーションを取ることはできないと思いますが、あなたにとってそれはどのような体験でしたか?

Mandelin 氏:非常に素晴らしい体験でした。プレイヤーから好意的なコメントが寄せられると、とても嬉しくなります。掲示板に「『MOTHER3』の気に入ったセリフを挙げていこう!」というトピックがあり、多くのプレイヤーが笑ったセリフや泣いたセリフを書き込んでくれているのを見た時は、まさに最高の気分でした。私はゲームライターではありませんが、『MOTHER3』が言語の壁を乗り越えてプレイヤーの心に触れられていることを実感し、感動しました。

また、プレイヤーからバグや誤字脱字に関するレポートが届き、詳しい説明が必要な場合は直接返信したりできるのも、とても素晴らしいことです。リリースから 2年近く経った今でも、多くのレポートが寄せられます! また、『MOTHER3』関連のコンテストを何度も開き、投票を募ってきましたが、そこでも多くのコメントをいただくことができました。

更に、英語版のリリース後、「プロジェクトの進行を見て翻訳やローカライズに興味を持った」という連絡をくれた人たちもいます。そのような言葉を聞けると、報われた気分になります。もし『MOTHER4』が開発され、また日本でしか発売されないような状況になったら、その内の誰かがファン翻訳のリーダーとなる可能性もあります。それどころか、公式に翻訳される場合であっても、その人たちが翻訳者になるかもしれませんね!

今回、特別インタビューのために時間を割いてくださったMandelin氏(Tomato氏)には、大変感謝しております。『MOTHER3』を母語でプレイしたいと思われる方は、ぜひ『MOTHER3』の翻訳サイトに足をお運びください。また、オリジナルの日本語版をプレイされることもお勧めします。『MOTHER/EarthBound』シリーズのファンであるという方は、Starment.NetEarthBound Centralなどのファンサイトに、ぜひアクセスしてみてください。